合気道とは

養神館合気道と塩田剛三先生

(合気道養神館 本部道場ホームページ より転載)

塩田剛三創設 ~ 直伝の技と理念が生きる合気道養神館

 養神館合気道は、1955年、「不世出の達人」と称された塩田剛三先生によって創設されました。「対すれば相和す」の理念を体現し、技を磨くだけでなく、心身を鍛えることも重んじています。合気道に取り組むことそのものが人生の修行と位置づけられ、その深遠な精神性が多くの人々を魅了し続けています。
 塩田剛三先生の合気道は、その圧倒的な実戦力と和の精神が核心を成します。そのため、養神館合気道は警視庁でも採用され、現在に至るまで本部道場が警視庁専修生の指導に携わっています。
 また、養神館合気道は国内外に数多くの支部道場があり、その技術と精神を世界へと広めています。本部道場は東京・高田馬場に拠点を構え、各地の道場を結びつける中枢として、養神館の理念と技を次世代へと継承する重要な役割を果たしています。
 養神館合気道は、日本の武道を継承する場として、そして、自己成長と調和を追求する場として、世代や性別、国籍を問わず多くの人々に親しまれています。その真髄は、護身術としての実用性だけでなく、人生をより豊かにする力を持っています。


私の合気道/松尾正純 師範

私が初めて合気道に出会った1964年頃、合気道は、ほとんど世間にその存在を知られていなかった(もちろん私も知らなかった)。
私に合気道養神会筑土八幡道場を訪ねるよう勧めた人も「面白い技を使う道場」としか表現できなかった。
昭和39年3月入門(3280人目)した「私の合気道」は、 下記テキストと毎日の稽古体験に尽きます。

「合気道」 巻一
昭和33年8月15日発行
編集者:松田喬平
発行者:合気道 養神会

合気道について

 合氣道は名人植芝盛平先生が、我国古来の各流各派の武術の精髄を採り、それに先生独自の工夫を加えて精神技術両面において、現代に即応した武道として戦後発表されたもの で、その技法には国宝的秘技と言われる、精妙なる古武術大東流合気柔術についての研究も大きく採りいれられてある。
 この大東流というのは八百余年の昔、新羅三郎義光が完成した源氏の武術と言われるもので、甲斐源氏武田家が代々これを秘蔵し、門外不出とした為、明治時代になって世に公開される迄、一般にはその存在すら知られていなかったものだと伝えられる。

技の概念

 合氣道は一言で申せば、剣の理合を体に活かして行う体術である。技は総て剣の理合いによって組み立てられてある。
 投げ技、抑え技、捕り技、極め技など攻防自在のあらゆる技があり、これらの技には打ち手、当身、逆、蹴りなど取り入れられて、技の威力を絶対のものとする。また、その手に剣を取れば徒手の技と同じ要領で、そのまゝ合気独特の剣道となり、その威力を発揮する。
 この武道の最も大きな特色は、技を施す場合に相手と力の競合や揉み合いをせず、相手の力に自己の力を和するようにし、相手の力を利用して相手を制する仕組みであることである。姿勢の執り方、足の踏み方、体の捌き、力の用い方など特に工夫されてある。相手に一指も触れさせず、自己を少しも害うことなく強柔、意のままに相手を制するのが合気道の技の本領である。

稽古の方法

 合氣道は純武術の建前をとってあるので、その稽古方法は、所謂試合の形式によらず武術の形の稽古によって行う。型の一つ一つを稽古して、之を身につけ実際に役立つようにするのである。
 この武道には力の競合や揉み合いがなく稽古は過激にわたることなく行われるので、男女、年齢に拘わらず誰にも出来、また体格の大小、臂力の強弱などもさして関係ない。

健康法として

 合気道の稽古は理想的な健康増進法だと言われる。それはその動作が必然的に体を柔軟にし、呼吸を整え、背柱を正しくし、腹力・腰力を養い、手足を強くさせ、また精神の集中を容易にするので全身の血行が非常に良好になる為と考えられる。


柔らかい手/松尾正純 師範

(全日本学生合気道連盟 連盟誌52号(令和6年10月13日発行) への特別寄稿から転載)

 1990年代から海外道場で合気道指導を始め長年継続してきた甲斐があって、一昨年ロシア人1人、昨年ポーランド人2人に7段を推挙し、印可されました。
 私は、彼らと共に喜んでいますが、大事なことは今後の彼ら自身がどのように自らの合気道を向上させるかにあるのです。
 私が彼らに与えた課題は「柔らかい手で技を掛けることが出来るようになる」です。前から後ろから片手、両手、諸手など腰を落として腕を強く掴まれた場合に対処する方法です。この考え方は彼らの常識外で、なかなか対処出来ません。彼らにとってその状況では上腕2頭筋が問題を解決してくれるはずだからです。でも、そうすると強く握った相手の手は外れてしまい技を掛けることは出来ません。しかし、もし上腕3頭筋を使うことが出来ると面白いように技は掛かります。上腕2頭筋を強制的に使わせないために、肘を曲げず腕をまっすぐ伸ばし、五指を軽く開いた状況で握らせ、試してみるとその感覚が理解できます。もちろん使えるようになればどのような形であっても効果は抜群です。
 これができると、あら不思議!受けの手は握ったまま離れることがなく、大きく崩れて、飛ばされます。というわけで海外の高段者と競ってみなさんも試してみては如何でしょうか。片手持ち腰砕き(隅落としとは違い、受けはその場で真下に潰れる)もできるようになります。

アンケート 『日常と合気道の結びつきについて』

 合気道に出会い、楽しんで続けるうち、いつも身近にあるという感覚になりました。私が現在も諸君と共に楽しめるのは合気道だからで、他の運動であったらこうはならなかったと思うのでありがたいことです。みなさんは気づいていないでしょうが、既に幸運な出会いをしていることになりますね。出会った頃は日常生活の中で上達に役立つ工夫をいろいろ考えましたが、続けたのは通学中の吊革のぶら下がり( 上腕3頭筋強化)程度でしたね。それより上達の意欲は身体の鍛錬以上に精神の分野に広がっていきました。ひとつは、植芝盛平開祖の初期の生徒たちの多くが中村天風師のもとで心身統一哲学を学んだという事実です。私の愛読書は「ヨーガに生きる」ですが、天風師は多くの書籍を残しておられるので興味のある方は目を通されると良いでしょう。
 次に、私が強く惹かれたのが、小野派一刀流免許皆伝の山岡鉄舟と白井亨の生き方です。幕末から明治にかけて生きた二人は、共に巨大な壁となった先達を突破するための精神的鍛錬に、鉄舟は臨済禅(適水和尚他)、白井亨は浄土宗(徳本行者)が関与していることに興味を持ちました。
 鉄舟は27歳で浅利義明に弟子入り、義明を超えるべく修行を続け44歳に至り、臨済禅を大悟し浅利から一刀流印可を受けることが出来ました。勝海舟は当時珍しく合理的思考をする人間と私は理解しますが、その彼が『鐡舟随感録』*の中で「神通力」という表現をしている箇所があり興味をそそられました。直新陰流免許皆伝の勝が白井亨と立ち会った際「真に不思議な、、、神通力を備えている」ので敵わなかったとあり、白井との遣り取りが綴られています。
 28歳の白井亨は63歳の寺田と立会い、敵わずに弟子入りします。未熟さを寺田に叱られ高僧に教えを受けることを勧められ、徳本行者を訪ねた亨はその念仏する姿を見て「剣法の妙処を悟り」ます。そして寺田宗有と立ち会った白井亨は一刀流印可を受けることが出来ました**。身体的鍛錬と並行して精神的鍛練の重要性を強く示唆する私が好きなエピソードです。よく知られた話で、沢庵和尚が柳生宗矩に与えた「不動智神妙録」を例にとるまでもなく、仏教と武道の結びつきは深いと思います。
 そこで合気道を学ぶ我々は、精神的鍛錬に心を致しつつ、身体鍛錬を行うのが良いと私は考えるのです。

*『鐡舟随感録』山岡鉄舟の随想集に勝海舟が注釈を付けた書籍
**『天真伝白井流兵法遣方』における白井亨の履歴について―その史料学的信頼性の検討― 和田哲也