松尾正純 師範について

松尾正純師範は、1964年筑土八幡にあった養神館道場に入門。故・寺田精之範士(養神館最高師範)に師事し、以来、直接教授を受けられました。横浜市を中心に定期的な合気道クラスでの指導、寺田精之養神館最高師範の世界各国で行われるセミナーに同行。
現在も、ロシオ、ポーランドなどの精晟会アソシエイト道場で開催される定期的な合気道セミナーに招聘され、現地で指導されています。また明治神宮至誠館、日本合気道協会、養神館合気道など各流派合同の活動団体である全日本学生合気道連盟の合宿での指導、京都産業大学合氣道部師範としての指導など、60年以上に渡り幅広い合気道普及活動を行われています。ここでは松尾正純先生の足跡・業績を、お言葉・文章・画像などを交えながらご紹介致します。

精晟会会長
精晟会横浜合気道会 指導師範
全日本学生合気道連盟 指導師範
京都産業大学体育会合氣道部 師範
精晟会たまプラーザ 指導師範


養神館本部道場に入門

1964年 筑土八幡にあった養神館道場に入門。
その後、寺田範士の合気道に惚れ込み、「もっと指導を受けるため」勤めていた会社に合気道部を設立。
「会社から予算を出してもらって養神館に申請したが、寺田先生を指導者としてお招きするには全く足りなかった。しかし諦めきれず、寺田先生のご自宅にお邪魔して直談判をした。
今思えば、思慮が足りない若者の行動を指摘し、非常識さを叱咤されることも出来たと思うが、寺田先生はそうは仰らなかった。『このままでは君の顔も立たないだろう。話は分かった。指導料は出せるだけで良い』と仰ってくださった。」


寺田支部 設立

『寺田先生は色々な場所で合気道を教えていたので、先生と弟子の繋がりはあったが、弟子同士の連携はない状態だった。そこで、黒帯を一箇所に集めて、寺田先生にご指導を受けようということになった。』
寺田範士のご高弟が集まり、1976年鎌倉鶴岡八幡宮研修道場にて各会の有段者を対象にした合宿が開催されました。これが精晟会の始まりであり、いまも鎌倉鎌倉鶴岡八幡宮研修道場で継続して開催される精晟会指導者研修会は、2017年に30周年を迎えました。
また精晟会草創期の1979年、松尾正純先生が中心の道場では合気道市民講座(於・戸塚消防署)を開催するなど、合気道の普及に努められました。


「精晟会」と名称変更

「ある日、寺田先生が『いつまでも寺田の名前がついていては、向後、皆やりにくいだろう。寺田がついていない名前を考えたらどうだ』と言われ、皆から名前を募集して、『精晟会』という名が一番良いということになった。」
1986年には、寺田支部10周年記念演武会が鎌倉鶴岡八幡宮研修道場で開催されました。


精晟会横浜設立

いくつかの精晟会道場を設立された後、1996年 横浜市立あざみ野中学校 格技場を道場に精晟会横浜(現 横浜合気道会)を設立されました。
松尾正純師範は2019年喜寿を迎えられましたが、国内では精晟会横浜合気道会はもちろんのこと、全日本学生合気道連盟や京都産業大学体育会合氣道部でのご指導のほか、ロシアやポーランドでの指導も変わらず活発に行われています。